しろくま鍼灸院ストーリー

私がこの仕事に興味を持ったのは、母の病気がきっかけでした。西洋医学では治せない病気をなんとかできないものだろうか、そんな思いから鍼灸専門学校に入学しました。その専門学校で現在の師匠である井上良太先生(西武ライオンズ、浦和レッズの現トレーナー)と出会いました。井上先生が気功を使って病気やケガを治していく様子を見て、自分もそうなりたいと強く憧れました。

その後、井上先生の優秀なお弟子さんである奥住知子先生(小守スポーツマッサージ)に師事し、鍼・灸・マッサージの基本を徹底的に教わりました。技術のみならず、治療家とはいかにあるべきかといった精神面も教わりました。

その甲斐あって、2007年には日本鍼灸師会賞を受賞いたしました。これもご指導いただいた師匠方と、いっしょに修行に励んだ仲間のおかげだと思います。

その年、岡山県にある体育大学の付属治療院で、優秀な治療家が必要なので是非にとのお話をいただき、1年契約で赴任しました。腕を振るう良い機会だと思ったのですが、現実は全く違うものでした。

上司である教授(医師)は鍼灸治療を誤解して毛嫌いしており、私はかなりキツイいじめを受けました。教授のパワーハラスメントは大学の中で噂になるほどで、あるとき学生から

『熊谷先生、変なこと(?)考えてはだめだよ。先生がつらい思いをしているのはみんな分かっているからね。』と慰められました。

実際、結婚したばかりの妻の笑顔がなければどうなっていたかわかりません。

やがて少しずつ事態が好転して、教授は誤解を解いて、ついには私の鍼のファンになってくれました。赴任期間が終わりに近づいたあるとき、教授から

『君、すまないけど東京に帰る前にもう一度鍼をしてもらえないか。やっぱり君の鍼が一番効くよ。』

そう言われて、後で男泣きしました。

鍼灸治療の良さを多くの人に知ってもらうことが自分の使命なのかも知れない、と今では思っています。

 

東京に戻ってからは、オープンしたばかりの治療院に勤務しました。メニュー作りから経営まですべてを任され、開業1年で軌道に乗せました。とくに手掛けた美容鍼灸では都内屈指の治療院になりました。

 

この度、妻の出産を機に退職し、地元登戸で開業することになりました。

治療院の名前は妻の大好きなシロクマから『しろくま鍼灸院』と名付けました。今までずっと支えてくれた妻への感謝のしるしでもあります。

大切な人を大切に扱い治療をするという思いが込められています。

ご来院いただいた方を家族のように大切に治療する鍼灸院を目指します。

どうぞ、末永くご愛顧よろしくお願いいたします。

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 長男 嘉之  8月15日 誕生

 

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